あなたは本当の岩屋神社を
知っているのか・・・!!
私達は、8月4日に岩屋神社のことについて調べに行きました。岩屋神社は、明石港を入るとすぐ
西側にあります。大蔵谷の稲爪神社と並んで明石を二分する氏神さんであり、岩屋神社は、
もと『岩屋恵比寿』とも呼ばれていた。
平安時代に書かれた延喜式神名帳に記載されている式内神社明石軍んの九座のうちの一つである。
弥賀多神社といわれ、『海上安全・漁業繁栄』の神として特に漁民の厚い信仰をあつめた。 御神体は、
“伊弉諾尊”(いざなぎのみこと)“伊弉冉尊”(いざなみのみこと)のご夫婦二神と、お子さんの大日霎尊
(おおひるめのみこと)“姪子尊(ひるのみこと)“素盞鳴尊”(すさのをのみこと)“月読尊”
(つきよみのみこと)の六神体をまつっています。大日霎尊は、“天照大御神”・姪子尊は、“恵比寿”と
呼ばれています。
岩屋神社の名前の由来は、今から1800年くらい前(成務天皇13年のとき→古墳時代の天皇)の夏、
明石郡にいた一人の子供に神かがり(お告げ)があって、『自分は淡路に住む神であるが、今この国に
住もうと考えて磐楠船(古代の船の一種)に乗って渡る。早く明石に宮を作ってまつるなら、この国を栄え
させ住民を恵むであろう。』と告げた。人々が『どんな神様でしょう?』と聞くと、六神の御名をいって『私の
今いる所は、ただ西の方をさして探し求めなさい。』と、教えたという。
当浜の名主(六人衆という)が、新船をつくり一族郎党を引き連れ淡路島に渡り御皇神を船に遷し奉り
帰路似ついた所途中の八百潮早く波風高く船を当浜に着けることが出来ず西の方林崎前の赤石(明石
の起源)の所で、一夜の泊まりをなし、その時神前に御供へしたのが現在も特殊神候として伝わっている。
(現在も宵宮の早朝松江海岸にて行われている)朝旦に至って波風もおさまり、今のちに鎮座されたのである。
そして、岩屋神社のゆらいは淡路の岩屋にあった神様が、明石に移動してきたので明石にあるのに、
『岩屋神社』と言うようになったのです。
私達は、岩屋神社の近くにすんでいながら、調べてみるまでほとんど何も知りませんでした。でも今回調べて
みてたくさんの事がわかりました。
淡路の神様がこの明石に移ってきたこと、移ってくるときのことが、現代まで祭りで残ってることやその歴史
がとても古かったことなどです。
これを調べるにあたって、図書館へ行って資料を集めたりしましたが、図書館の本では分からないことも
あったので、直接岩屋神社へ行きました。
岩屋神社では、お忙しい中、神社のおじさんがお話を聞かせてくれました。資料をもらい、それをもとに
説明してくれました。主に祭り・オシャタカ神事のことについてでしたが、熱心に教えてくれました。その教えて
くれた中で「昔は文字などが発達してなかったので、行事や祭りにしてオシャタカ神事を行って神様がくれた
恵みをわすれないようにしたいんです。」と教えてくれました。それを聞いたとき、昔の人の知恵なんだ。
と感心しました。お話はよい資料となり、このレポートを書くのにすごく役立ちました。
親切にしてくれたおじさんにかんしゃしています。いいものが書けたと思います。(A.Sa)(Ha.Ta)